2013年8月7日水曜日

ハイエナとハゲタカ

 対面の学生がドラをポンした。今日はじめて来た青年だが隙のない麻雀を打つ。押すときは押し、引くときは引く。けして手には溺れない。若いのに大したものだ。たとえばドラポンをしていても、「リーチ」いま私がこうしてリーチをかければ、手の内にある中での安牌を使い一発をしのぐ。

さらに押しか降りかを決め見事な立ち回りを見せる。どうやらこの局は降りらしい。
数巡しのぎ、いったん学生は長考に入った。そして通ってない筋を押してきた。

安牌がなくなったのだろう。

だが、おそらくその中でも理にかなった牌の選択をしているはずだ。そういう小さな積み重ねが麻雀の勝利への道そのもので、非常に好感が持てる。できれば彼にはこの卓には座って欲しくなかった。

「リーチ」彼の安牌が尽きたのを見るとハイエナが牌を曲げた。
「じゃあまあおいらも」当然の容易をしていたハゲタカもよだれを垂らす。

 三軒リーチは流れ、などという甘い世界ではない。ここはサバンナよろしく弱肉強食の世界。そしてそんなことは彼自身が一番知っている。
 
ふう、と息を吐きツモ牌を川に並べた。そしてそれを合図にハイエナとハゲタカが牌を倒す。

「けけけ、つかねえなあ兄ちゃん」
「くくく、掴むながれだったなしょうがねえ」


 この二人は通しもすり替えもしちゃいない。ただ、己の嗅覚を頼りに獲物をすすっているだけだ。
 その後、彼は無残に食い散らかされた。
 だが、死を覚悟した男の光悦の表情とはなんと美しいことか。


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2013年7月28日日曜日

ブラフマン

 じっとりとした汗を握りこんでいた。対面の男。裏賭博では見たことのない顔の方が多い。町で自慢の腕自慢がやってきてはすぐに自惚れに潰され、いなくなるからだ。新顔はカモだというのが俺たちの相場だ。だが、この男は。
「消える露」
 対面はぽつりぽつりと言葉を落とす。
「儚い命」
 死神がいつか迎えに来るのは分かっていた。こんな世界にどっぷりと漬かりこんだのは生を実感するためだった。死を隣に置くことで生きながらえてきた。
 どこかでいつ死んでもいいと思っていた。
 だが、死神を目の前にすると、悔しいなあ。まだ生きたい。やり残したことなんかないはずだが、まだ、打ちたい。
 中盤。3色含みの可能性もあるメンタンピンがシャンテンになった。ぶくぶくに構えず、安牌を抱えるようになったのはいつからだろう。麻雀は不条理な事故の連続だ。自分の身を守るのは自分しかいない。この一枚で何度もしのいできたという自負がある。
 対面が生牌の白を手出しした。テンパイ?手代わり?
 次巡、またも生牌の西。
 捨て牌を確認する。強烈。よもやのメンチンまで。
 汗を握りこんだ手を見る。
ああ、まだ生きている。一枚残した安牌を抱きかかえるように胸に寄せた。
安牌を生命線に局を消費する。そう決断した。
その局は全員ノーテンだった。対面がノーテンなどということがあるのか。手を見せないためか。ブラフか。ただ、対面の尋常でない気配が俺の手を止めたのだから、格上と認めざるを得ない。
次局、ドラ2枚を抱えのタンヤオが本線の手が入る。あがれないともう後がない。イーシャンテンでぐずぐずしていると、対面がまたも生牌を手出し。先と同じく染め気配。
だがおれもテンパイ。二択。安牌を抱えるか否か。この手は押し。安牌などいらない。だが、対面の死神が手首を掴んで離さない。結局いつものように安牌を抱え、手をまとめる。
死神は山に手を伸ばし、手のうちから染め色であるはずのピンズを川に並べた。
手を掴んでいた死神が離れた。

確信した。

山に手を伸ばし、テンパイをいれた。安牌に手を伸ばし、川に並べる。死神の手はもはや大鎌を握りこんでいた。俺の捨て牌を一瞥した死神は、鎌を振り落と


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2013年7月18日木曜日

250

「どうすれば麻雀上手くなりますか」
 最近うちによく来てくれる三人組の学生から聞かれた。そんなもんが分かったら苦労しない。それにそれを考えるのが楽しいんじゃないか。と思ったが、あまりにも答えに期待している目をしていたので師匠に教えてもらったゲームをすることにした。

 250

 今はオーラス。持ち点は皆25000。私が親で、学生が子。三万点に達さなければゲームは次局に持ち越し。

 学生たちが皆必死に手作りを始める。3900だと達さないが5200だと到達できる。私の師匠はおそらくそれを教えたくてこのゲームを思いついた。だが、弟子の私たちはこのゲームでそれ以上のことを学んだ。

 学生の一人からリーチがかかる。他の学生は悩むも、無筋を強打する。ささり、リーチ者が一発を含めた5200をあがった。
「なんでいま押したの?」強打した学生に聞いた。
「押さないとあがれないじゃないですか」と答える学生に、「ばかだな、おりれば持ち越しだったのに」と友人たちが非難する。

 そう、そこなんだ。
 
 押し切れば勝てる。
 降りておけばチャンスがあったかも。
 麻雀の上達はこの感覚の繰り返しだ。弟子の私たちはこの嗅覚を散々経験した。こいつは期待値なんて当てにならない。オーラスは皆がけっぷちだ。自分の磨いた鼻を信じるしかない。


 学生たちは皆楽しそうにこのゲームを一晩中していた。三人麻雀でもできるようにルールを考えないとなあ、と眠い頭でぼんやりと思った。


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2013年7月9日火曜日

マンガンガンマン

 卓上に風が舞っていた。乾いた空気が西へ吹きぬける。砂が舞い、全員が軽く目を瞑る。
 にやにやと笑った男が牌を横に曲げる。
「いいのかい。それは宣戦布告の合図だぜ?」カウボウイハットがタバコに火をつける。リーチは相変わらず、にやけ面を隠さない。
 ドラをバーボンが強打した。
ハットがそれをポン。
リーチはにやにやとしながら、ツモを卓に置いた。
「マンガンだ、出直してきな」リーチの頭をハットのマンガンが貫いた。
もぐりが返り血をハンカチでぬぐいながら口を開く。
「あんたが噂のガンマンかい」
「噂のガンマンなんてこの町じゃあ腐るほどいるぜ」
「マンガン一発で相手を沈めるって噂の変わり者のことだよ」
「さあ、どうだろう」

もぐりが染め手を順調に育て、ツモ上がりした。
(マンガン一発なんて噂、どうかと思うぜ。だったら突き抜けちまえばオレの勝ちだろう)
「あんた、もぐりだろう」バーボンが口を手の甲で拭いた。「そんな浅い奴はよそもんって決まってやがるんだ」
 もぐりは黙って安全牌を溜め込んだ。このまま軽流しと降り打ちでこいつらの首は戴きさ。

 マッチが卓を舐め、それを追うように火の手が走る。
タバコに火がつき、ハットのリーチがかかる。
(ここだ、噂なら一発限りの直撃狙い。オレの手には安全牌が山ほどあるぜ?)
 ハットはあがれない。
 そのまま第一ツモを引き寄せる。

「カン」
バーボンがその隣で“パン”と言った。

「ツモ。リーヅモリンシャンドラドラのマンガンは、おっと裏込みで倍マン。逆転かな」
 もぐりの頭を何かが貫いた。
「二丁拳銃のガンマンだって聞いてなかったのかい」

 ハットは手で作ったピストルをふっと息で吹き消した。


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2013年7月3日水曜日

ワイルドゼロ

 私の雀荘は駅から近いこともあってか新規の客が多い。ある暑い夜、暑苦しいのに皮ジャンを羽織ったオトコが来店した。夜にも関わらずサングラスをかけていた。
 もう帰ろうかと思っていたスタッフに頼み残ってもらい、数局打つことにした。
 サングラスは、目が見えないので年齢が分かりにくかったが、比較的若いだろうなと思った。なにより、麻雀が瑞々しく若々しかった。

 サングラスはすべての局に参加し、噛み付くようなタイミングで牌を曲げてくる。脇のスタッフはうっとうしそうに早々と準備した安牌で撤退を始めていた。麻雀というのは、基本的にはどれだけ降りられるかが実力を決める。

 ふと、この若々しい若者から、私は逃げ切ることができただろうか。と、そう思った。
 長年雀荘の店長を勤め、少なからず負けない方法は分かってきた。
 無駄な感情をこめず、無駄な勝負を避けること。

 だが、ギラギラと押し倒してくるサングラスの麻雀こそが、一番麻雀に必要なもので、私がなくしたものなのではないか。

 サングラスのリーチに対し、無筋を何枚も押し、ノミ手を曲げた。運よくサングラスが掴み、リーチ一発のみ。裏が乗らないのは、確実に何かが私に足りないことを物語っていた。

その日、私とサングラスは貪りあうように求めあった。唇を奪うようなリーチに、押し倒されるようなダマテン、奥まで突かれるような倍マン、刺激的な、甘美な夜だった。
麻雀は会話である。しかし、私はその上の領域に性行為のような麻雀もあることを知っている。永遠に続く射精とはこうであると感じるような焦燥感、初めて女を知ったときのような充実感。そんな麻雀がまだできたことに私は素直に喜んでいた。


あの稲妻を人間にしたかのようなサングラスとはそれ以来あっていない。タバコに火をつけ常連のリーチに対し降り打ちを始めながら、ふと、そのオトコのことを思い出した。


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赤い稲妻

 サングラスの奥に赤い稲妻を見た。
ゴミ捨て場に転がった男は震えながら、そう言った。警察は怪訝な顔をしながらも男を連れてパトカーに乗る。こんな事件がこれで何件目だろう。ただ、警察が大きく動く気にならないのは、被害者が幼児でも女でも老人でもない中年のおっさんばかりだからだ。弱者を放っておくと世論が襲い掛かってくるが、この事件がそうでないことを、警察は勘で知っている。

 近くの雀荘に昨夜、夜なのにサングラスをかけ、夏なのに皮ジャンを羽織った男が来た。身内で小遣いをやり取りしている雀荘は、新規に厳しい。男はどかっと座り、空いたら呼んでくれ、と言ったきり眠りだした。サングラスをかけているので本当に眠っていたかは分からないが、ぴたりと動かなくなった。
 サングラスが卓に入ると常連の一人が後ろに座った。
 サングラスはどんなノミ手もテンパイまで育て、リーチと大きな声で曲げた。
 
ズブシロさ。常連は目で身内に合図をした。同卓者たちも軽く目でうなずく。
サングラスはリーチで浮いたり、振り込んで落ちたりを繰り返す。だが、4回やって常にトップだった。

運だけ麻雀か

後ろに座った常連がそう言った。サングラスはにやりと笑った。その日、常連は人生で初めて10連続のトップ劇を目撃した。

降りない。振ってよし。だが、負けは良しとしない。男にオトコを感じたのか、自然と皆がサングラスを称えた。
それが面白くなかった。
常連はサシウマを握り、卓に座った。これ以上の快進撃が続くわけがない。確率的にも、もう止め時さ。

気づくとゴミ箱に捨てられていた。払えない額を乗せ、必死に謝ったが、男は何度も何度も、顔を殴られた。脳裏にはサングラスの奥に見た赤い稲妻だけが残っていた。
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2013年6月25日火曜日

アリゲーター

 扉を開けた瞬間、その喫茶店の評価は済む。コーヒーと煙の混ざり合った匂いを嗅いだだけで、分かる。この一瞬のためにここに通っている。
 いつもの、を飲みながら先の雀荘を思い出す。
 久しぶりに扉を開けた瞬間、いい雀荘だな、と思った。雀荘も喫茶店と同じで、入ったときの煙と熱の匂い、さらにいうならそれらが染み込んだ壁を見るだけで品位が分かる。ここは社会的品位が限りなく低そうで、つまり、私にとっては、品位が限りなく高そうな雀荘だった。

 卓につき、匂いの主な原因であろう大男と麻雀を打った。
 日ごろの行いがいいのか、先日ホームレスに発泡酒をくれてやったおかげか、手が軽かった。

 二巡目にしてチートイツテンパイ。待ち牌は絶好の一枚切れオタ風、南。
 だがここで、ツいてる、と曲げないのが俺流だ。
 期待値、だとか、鉄リー、なんて言葉に頼る人間にこそ効く。最近は素人さんでも引きが上手く、硬い。しかもそれは養われた肌感覚ではなく頭で覚えた期待値というのだから感心する。残り2枚の南、固められないためにはどうすればいいか。

 七巡目、対面の大男と上家がイーシャンテン気配。
 ここだ。
 ここで、ツモ切りリーチ。

 残り枚数が少ないペンカンチャンや単騎待ちを看破されるのは珍しくない。しかし相手がイーシャンテンなら話は違う。イーシャンテンには二種類ある。
 一つはこの大男のように受け入れを重視してぶくぶくに構える形。にやりと笑い大男も追いかけリーチ。待ちは宣言牌の近くだろうか。
 もう一つ、上家さんのように安牌をかかえ、スリムに構える形。頭のいい、スマートな打ち手。

だが、悪いがもう引きずり込んだあとなんだ。そいつが、ロンだ。

 結局そのままツキの雪崩は起きずに小遣いを拾って帰ってきた。このコーヒーを飲んだらまた違う雀荘に行こうか、それとも先ほど二着ににやりとぶらさがっていた大男と打ち直そうか。珈琲の匂いを嗅ぎながら、先の雀荘の匂いを思い出し、今晩の予定を決めた。
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